昭和の時代には”変な歌”が急に脚光を浴びて、大ヒットを記録するということがしばしば起こった。そうした”変な歌”というのは単にコミカルだというのではなく、時代感覚的にも、音楽的にもユニークなものであった。
たとえば1961年の「じんじろげ」(森山加代子)と「スーダラ節」(植木等)、1967年の「帰って来たヨッパライ」(ザ・フォーク・クルセダーズ)、1972年の「赤色エレジー」(あがた森魚)、1975年の「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」(ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)…。
テレビドラマの演出家で、作家でもあった久世光彦はエッセイ集「マイ・ラスト・ソング」のなかで、”変な歌”についてこのように語っている。
《変な》というのは《変に新しい》――つまり、いままであまり聴いたことのない曲想と、これまたユニークな歌い方の歌手と――ふたつが揃った歌のことで、私にいま、そのベスト・スリーを挙げろと言われたら、年代順に
①月がとっても青いから(昭和三〇年・菅原都々子)
②愛のさざなみ(昭和四三年・島倉千代子)
③真夏の出来事(昭和四六年・平山三紀)
ということになる。
ベスト・スリーに挙げた3曲の他にも、久世は「茶目子の一日」とか「東京ドドンパ娘」、「黒の舟歌」や「昭和枯れすすき」など、”変な歌”についてペンをとっている。
そのなかでも白眉なのが、1999年に書いた「プカプカ」について文章だ。
あの変な歌を聴いたのは、いつごろだったろう。たぶん七〇年代のはじめごろ――そのころの私はずいぶん疲れていたような気がする。テレビのような、いまが夜だか昼だかよくわからない、不規則で厳しい仕事をつづけていると、十年ほどの周期で、エア・ポケットみたいな空白に落ち込んでいるのに気づくことがある。そのころが、そうだった。何を見ても、何を聴いても遠いのだ。灰色の紗幕を一枚かけたように、ぼんやりと、遠い。「プカプカ」という、あの変な歌もそんな風に、空に鳴っていた。フェリーニのサーカス小屋の伴奏音楽みたいだと思ったのを憶えている。
ずいぶん疲れていたという久世が聴いたのは、おそらくザ・ディランⅡが発表したオリジナル・ヴァージョンだろう。
歌っていたのは、西岡恭蔵と大塚まさじの《ディランⅡ》、詞曲の象狂象というのは西岡恭蔵のペン・ネームだった。《はっぴいえんど》や《五つの赤い風船》と同じころの、いわゆる七〇年代フォークなのだが、私には、この「プカプカ」だけが、ある日は哀れなサーカスのジンタの音(ね)のように、そして明くる日は教会の讃美歌みたいに聞こえる、奇妙で忘れられない歌だった。ボブ・ディランが好きで《ディランⅡ》と名乗ったらしいが、いつも風に吹かれているようなディランのオープンな雰囲気より、畳の焼け焦げや、缶詰の缶に溢れた煙草の吸殻の似合う、疲れて苦しそうな二人組だった。
この文章からはディランⅡ以上に、久世自身の疲れがにじみ出てくるかのようだ。当時はどこで何をしていても落ち着かなくて、歌の最後に出てくる印象的なフレーズの「フフフフ」が、いつも耳のあたりでフレインしていたという。
70年代のフォークソングをひとつだけ選ぶとすれば、久世はためらうことなく「プカプカ」だと答えている。それは70年代という時代を無為にただ走っていた久世にとって、「シニカルなテーマソングだった」からである。
そんな思い入れのある歌を作った西岡恭蔵が、自ら命を絶ったのは1999年4月3日のことだ。その日は愛妻であり、ソングライティングにおけるパートナーでもあったKUROの三回忌を迎える前日だった。享年50。
自分よりもひとまわり若い西岡恭蔵の訃報を知った久世は、突然の死に衝撃を受けてこう記していた。
その西岡恭蔵が、死んだ。奥さんの祥月命日(ママ)に首を吊って、死んだ。スポーツ紙では写真も載っていたが、一般紙ではほんの七、八行の死亡記事で、「プカプカ」の文字も、もちろんなかった。
*このコラムは2018年3月に公開されたものです。当時の情報をそのまま残してあります。
2006年に逝去した久世が書き残した5冊のエッセイ集を舞台化した朗読と歌のイベント、小泉今日子と浜田真理子による『マイ・ラスト・ソング~あなたは最後に何を聴きたいか』のメソッドを用いた音楽番組がテレビでオンエアされる。
番組では小泉の朗読とともに様々な「人生の最後に聴きたい歌」を紹介するほか、樹木希林、満島ひかり、又吉直樹(ピース)が小泉が恩師と慕う久世について語り合うほかに、浜田真理子、奇妙礼太郎、満島ひかりが歌う。
2018年3月28日(水)22:00~22:49にNHK総合で放送
出演:小泉今日子、樹木希林、満島ひかり、又吉直樹、浜田真理子、奇妙礼太郎

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