探偵小説「黒蜥蜴(くろとかげ)」は、宝石など美しいものを狙う美貌の女賊・黒蜥蜴と、名探偵・明智小五郎が対決する物語で、江戸川乱歩が1934年に発表した長編小説家だ。
1962年にそれを華麗な恐怖恋愛劇の戯曲にして発表したのが三島由紀夫である。
戯曲化するにあたって三島は、黒蜥蜴と明智小五郎との恋愛を主軸にして、歌舞伎の手法を取り入れてデカダンスを強調した。初代の水谷八重子が黒蜥蜴、芥川比呂志が明智小五郎役に扮して、3月には舞台化された。
それから6年後の1968年4月、三島の強い希望が叶って丸山(現・美輪)明宏を主演に迎えて『黒蜥蜴』が再演されると、これが大ヒットを記録する。
すぐに映画化の企画が持ち上がり、深作欣二監督による映画『黒蜥蜴』が早くも8月に公開されて、これもヒットしたのだ。しかし多くの観客が劇場に足を運んだにもかかわらず、マスコミや評論家からまったくといっていいほど無視される。
丸山明宏はシャンソン喫茶「銀巴里」で歌っていた1957年、「メケ・メケ」でレコードデビューして有名になった。だが人気は一時的なもので、60年代に入ると不遇な時期を過ごしていた。
しかしその頃から、それまでの日本にはなかった歌、社会的なメッセージ・ソングを目指し始めている。
日本人は日本語で歌う日本人の生活感情から出てきた歌を待っているのだ。
僕は、色が同じものに固まらぬよう、気を配って種々な形の詩と曲を作っていった。
曲数はどんどん増えていった。
(美輪明宏著「紫の履歴書」水書房)
およそ3年かかって書きためた50曲を持って、丸山明宏は旧知の音楽家で作曲家として活躍していた中村八大を訪ねると、コンサートを開くので力を貸してほしいと頼んだ。
楽曲のクオリティに驚いた中村は全面協力を約束し、多忙の中でも心よくアレンジを引き受けてくれた。ちょうどその頃に中村が作った「上を向いて歩こう」が、全米チャートで3週連続1位になったというニュースが飛び込んできた。
11月に開催された「1963年度芸術祭参加 丸山明宏リサイタル」は、予想をはるかに超える大成功を収めた。ここで日本で最初のシンガー・ソングライターが誕生し、丸山明宏は再び注目を集める存在になったのだ。
そして1965年に自作自演の「ヨイトマケの唄」がヒット、ブームを巻き起こすことになるのである。
そんな二人が成し遂げた仕事の成果が、ボサノヴァのリズムに流麗なオーケストレーションと、最新の電子オルガンを組み合わせた「黒蜥蜴の唄」だった。
1968年の夏に発売されたこの極上のラウンジ・ミュージックは、世界的なレベルの音楽家たちと作曲・編曲のコンテストで競ってきた中村ならではの、粋でモダンな無国籍音楽となった。
「黒蜥蜴の唄」はそれから30年もの年月が経って、アメリカでトーマス・ローダーデールという音楽家に発見される。ではトーマスがいかにして、日本では忘れられていた「黒蜥蜴の唄」を知ることが出来たのか。
それは映画の『黒蜥蜴』 が海外の映画ファンに注目されて、カルト・ムービーになっていたおかげだった。
ここで音楽を担当していたのが、後に世界に発見される音楽家の冨田勲である。
冒頭に流れる印象的な主題歌「黒蜥蜴の唄」は、中村によるアレンジのレコードとは別ヴァージョンだ。妖しくもゴージャスな富田のアレンジで、耽美的な雰囲気を音楽は否が応でも盛り上げている。
やがて富田は1970年代に入るとシンセサイザーをいち早く導入、「月の光」や「惑星」などの野心的なアルバムを発表し、日本人で初めて米グラミー賞にノミネートされるなど、世界的に評価を受ける音楽家となっていく。
深作欣二監督のフィルモグラフィーに世界中から注目が集まるという現象が起こったのは、1990年代初頭から21世紀にかけてのことだ。クエンティン・タランティーノ監督のヒット作となった『キル・ビル』の冒頭には、「深作欣二に捧げる」という献辞の字幕が出てきた。
そうした流れの中で、世界的な文豪として知られる三島由紀夫の戯曲が原作で、しかも本人が特別出演している『黒蜥蜴』は、日本よりも海外の映画ファンによって注目を集めた。
やがてニューヨークやパリなどのシネマテーク、国際的な映画祭でもたびたび上映されて、『黒蜥蜴』の評価は高まっていった。
映画を入り口にして「黒蜥蜴の唄」に出会ったトーマスは、1997年に発表したピンク・マルティーニのデビュー・アルバム『サンパティーク』で、日本語のまま「黒蜥蜴の唄」をカヴァーした。
世界規模でピンク・マルティーニが成功を手にするにしたがって、アルバムに取り上げられた「黒蜥蜴の唄」もまた、「Song of the Black Lizard」の名で、世界中の音楽ファンの耳に届けられた。
フランスでは21世紀になって映画の『黒蜥蜴』に魅せられた監督が、映画『美輪明宏ドキュメンタリー~黒蜥蜴を探して~』を作っている。
三島由紀夫、中村八大、冨田勲、深作欣二、そして美輪明宏と、世界に通用する文学と音楽と映画の才能が結集したことで、「黒蜥蜴」は21世紀になっても生き続けている。
(初出 2015.03.28 改訂 2015.04.03)


黒蜥蜴
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