「君をのせて」という歌は、1971年に行われた作曲家コンクール「第3回 合歓ポピュラーフェスティバル’71」への参加曲としてつくられた。
作曲したのは作詞家の岩谷時子とのコンビで、ザ・ピーナッツの代表曲「恋のバカンス」や「ウナ・セラ・ディ東京」を書いた宮川泰。
作詞は当初、千家春となっていたが、これは越路吹雪のマネージャーでもあった岩谷時子の別名である。
その後、コンクールで歌った沢田研二のソロ・デビュー曲として、11月1日にレコードは発売された。
だが、その時の反応は今ひとつで、ヒット曲と呼ばれるほどではなかった。
しかしこの歌のことを好きになったテレビドラマの演出家、久世光彦によって歌をモチーフにして男同士の友情を描いたドラマが誕生する。
レコードを聴きこんでいるうちに、久世は「君をのせての君は、男だ」と確信したという。
久世は沢田研二の歌声から、「君」が異性ではなく同性の「男だ」と感じたのである。
そして1978年に沢田研二と内田裕也が主演するテレビドラマ『哀しきチェイサー』を企画し、”7人の刑事”シリーズの1本としてオンエアした。
<久世光彦特集~沢田研二の「君をのせて」から生まれた伝説のテレビドラマ『哀しきチェイサー』>
それはレコード発売から7年後のことだったが、そのあたりから「君をのせて」は隠れた名曲と呼ばれるようになっていく。
やがて1980年代から90年代になるとライブでレパートリーにするシンガーが現れて、カヴァーされる機会が増えるにしたがって、スタンダード・ソングとして広く知られるようになった。
『7人の刑事 哀しきチェイサー』から30年後の2018年3月、久世のことを恩師と慕う小泉今日子が出演した音楽舞台『「マイ・ラスト・ソング」~久世さんが残してくれた歌~』では、シンガー・ソングライターの浜田真理子がピアノ弾き語りで「君をのせて」を披露した。
ステージの上でそれを聴いていた小泉今日子は、歌の中の「君」が越路吹雪さんだったのかもしれないと思って、そこから胸がいっぱいになったという。
確かに「君をのせて」の歌詞が、友情と信頼をテーマにしていたのであるならば、作詞した岩谷時子にとっての「君」は越路吹雪しかいない。
、岩谷時子は越路吹雪との友情について、「越路さんがいて私がいた」というタイトルのエッセイでこのように記している。
越路さんには、結婚という大きな転機があったが、私たちの場合、かえってそれが友情を深める絆になり、大人の女同士の友情は歳と共に成長し深くなっていったとさえ思われる。
私は、心の中では、いつも保護者のつもりでいたが、人生経験は越路さんの方が豊かで、教えられることが多かった。
長い年月の間、お互いに裏切ることも裏切られることもなかったのは、ひたすら信じあっていたからではなかっただろうか。
この信頼感は、やはり長い歳月の上に培われ積み上げられてきたものだったと思う。
岩谷時子はどんなに親しくても、「その人の生活に土足で踏み込んではいけない」というルールを自分で作っていた。
それを最後まで貫き通してきたからこそ、越路吹雪との友情を全うすることができたのだとも述べている。
ハイティーンの時に知り合って友人となった岩谷時子は24年もの間、マネージャーとしてともに戦ってきた同志でもあった。
越路吹雪は10代の終わりから50代半ばの短い生を終えるまで、舞台人であったがゆえに負わなければならなかい、人並み以上の悲しみや苦しみを背負って生きた。
そして持って生まれた才能と、人生での様々な体験を糧にして、それらを乗り越えて多くの人々の前で歌い、演じることで観客を楽しませてきた。
だが、その分だけ自分自身の生命を削ってきたともいえる。
そして1980年11月7日、ひとりで永遠の彼方に旅立ってしまったのだ。
ひとり残された悲しみと孤独の中で、岩谷時子は「花に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だ」という唐詩に心を重ねて、もう失うものは自分の命だけになってしまったと嘆いた。
そんな岩谷時子にはともに歩んだ生涯の友とのあいだで、ひとつ約束したことがあった。
歳をとって、仕事をしなくてもいい時が来たら、2人で外国へ旅をしようというのが、私たちの約束だった。
彼女は歳とともに、ますます素敵になるはずの人であった。
しかしながら、その約束は叶わないままに終わった。
あらためて「君をのせて」の歌詞を読むと越路吹雪を支えてきた思いを胸に、いつか「君と旅をしよう」という僕と君の約束の歌にも聴こえてくる。
「君をのせて」 作詞:岩谷時子 作曲:宮川泰
風に向かいながら 革の靴を履いて
肩と肩をぶつけながら 遠い道を歩く
僕の地図は破れ くれる人もいない
だから僕ら肩を抱いて 二人だけで歩く
君のこころ塞ぐ時には 粋な粋な歌をうたい
あ~あ 君をのせて夜の海をわたる舟になろう
ひとの言葉 夢のむなしさ どうせどうせ知ったときには
あ~あ 君をのせて夜の海をわたる舟になろう
(注)岩谷時子の文章は、岩谷時子著「愛と哀しみのルフラン」(講談社)からの引用です。
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